貶める(おとしめる)の意味は、相手に対して見下した態度をとったり、実際に相手の立場や地位を下げるよう仕向けるといった意味です。
あなたの周りに何かしら人を貶めようとする人はいないでしょうか。
その人はあなたにとってとても危険な人物です。
基本的な対策は一切の関わりを断つことですが、それが難しいケースもあるかもしれません。
そんなときは心理的な立場だけでもあなたが上に立つことがとても大切です。
そのためにはやはり「どうしてこの人は人を貶めるのだろう」という疑問を解決し、相手を手のひらで転がすぐらいの余裕を持つのがベストでしょう。
そこで今回はについてご紹介していきますので、ぜひあなたやあなたの周りの人に当てはまるかどうか確認しながら最後まで御覧ください。
他人を貶める人の心理や特徴
自分が優位な立場になりたい
人の失敗や問題を、ここぞとばかりに貶める人。
こうした人は、その状況を利用して、自分が優位な立場になりたいと思っています。
例えばある人がミスをしてしまった時、「だから言ったじゃないか」「そうなると思っていた」と貶めることで、周りは「あの人だったらミスしなかっただろう」と感じるでしょう。
その時点で、ミスをした人、ミスを回避できた人に分けられ、立場的に貶めた人が優位に立ちます。
また、相手との間にライバル意識がある場合も同じことが言えます。
相手のミスを貶めることで、自分の方が勝っている、自分の方が一歩リードしたと相手に認識させたいのです。
どこかで相手よりも優位に立ちたいと思っている人は、そのチャンスを逃しません。
相手を貶めるチャンスがあれば、その場に多くの人がいたとしてもお構いなしに貶めます。
自分が優位に立ちたいというだけで、平気で相手を傷つけたり、恥をかかせたりすることも少なくなく、性格は良いとは言えない人。
他人を貶めることで自分の立場を良くしたい、優位になりたいという思いがそこには隠されているでしょう。
相手以外の人達と深い仲になりたい
他人を貶める人の中には、特定の人だけを貶める人もいます。
一人ターゲットを絞り貶めることにより、周りから見られる自分のイメージを作りたいと思っていたり、仲間意識を深めたいと思っている場合もあるのです。
例えば、貶められている人を見た時、どうしたのかという心配と共に、「あの人を敵に回したら怖い」と貶める人に威厳を感じたり、「そういう人なんだ」と貶められている人を見下したりと、その場にいるだけでも両者に感じるイメージがあるでしょう。
その時、「自分はあんな目に遭いたくない」と思った人は、敵に回さないようにと、貶めていた人に媚びを売るようになります。
そこから生まれる仲間意識もあるもので、特に女性同士に多く見られる傾向です。
誰かをターゲットにし、貶めることによって団結力を生むという方法。
卑怯であり計算高い方法ではあるものの、実際にこうした団結力や仲間意識を深めるために、誰かを貶めるということもあるのです。
誰かを利用して得しようとしている面が見られ、計算の中で人間関係を形成しています。
このような人と仲良くなると、いつ自分がターゲットになるかも時間の問題です。
ほどよく距離を置くなどして、その人と深い関係にならないよう注意しましょう。
自分が一番正しいと思い込んでいる
自分が常識、自分が正しいと思い込んでいる人は、人を貶めることがよくあります。
人の間違いにすぐ気付き貶める、または見下したように指摘や注意をするという行動は、自分が基準だと思い込んでいるからです。
「私は常識人で、皆もそう思ってる」という意識が強く、その枠から外れている人、異なっている人のことを貶めるのです。
こうした人は頑固であり、考えが固定されてしまっており、「こういうやり方があるのか」と吸収する姿や学ぶ姿勢は見られません。
何をするにも自分が基準となっているため、人を批判したり指摘することがどうしても多くなってしまうのです。
相手に常識を叩きこもうとしていたり、教えようとする姿が、貶める姿へと変わってしまっているのでしょう。
その人にとっては、良かれと思っていることであり、「間違いを正そう」「理解させよう」という思いから成っているもの。
ですが、それぞれに価値観が異なり、考え方も違うという点を理解できていないのでしょう。
こうしたタイプで他人を貶める人は、厄介者・頑固者扱いされ、「お局」「お舅、お姑」といったイメージを持たれます。
自己愛は強いが自信はない
他人を貶める人は自分のことが大好きです。
「自分がかわいい」と思うのは誰でも同じですが、その自己愛が人一倍強いのが、他人を貶める人の心理的特徴と言っていいでしょう。
人を貶めることによって、相手を上から目線で見ることができます。
相手が低い位置になれば、相対的に自分のいる位置が高くなり、そのことによって、自己愛を満足させていると考えていいでしょう。
ところで、自己愛の強い人には自信家が少なくありません。
自分に自信があるからこそ、自己愛も強くなるわけですが、他人を貶める人は、実は自信がないのです。
自信があれば、人を貶めるような言動をすることによって、自己愛を満足させる必要はないでしょう。
人に対して優しく接したり、寛容につきあったりすることで、「そんな自分が好き」という気持ちになれるに違いありません。
自己評価が高ければ、そのような形で自己愛を満足させることが可能なわけです。
他人を貶める人は、自信がないため、人を低く見下すことによってしか、自己愛を満足させることができないのです。
自己愛は人一倍強いけれど、自己評価が低く自信がないというのが、他人を貶める人の特徴ということになるでしょう。
コンプレックスがあり虚勢を張っている
コンプレックスがあるというのも、他人を貶める人の心理的特徴でしょう。
人には言えないような劣等意識があると、なんとかそれをごまかそうとして、虚勢を張ることがよくあります。
他人を貶める言動というのは、力で相手をねじ伏せるようなものでしょう。
「自分はこんなに強いんだ」というアピールをしているとも考えられます。
なぜ、そんなアピールをしなければならないのか、それは自分のコンプレックスを隠そうという意識が働いているからに他なりません。
容姿にコンプレックスを持っていたり、性格的な問題を自覚していて、人に対して劣等意識を抱いている場合、それを人には見せまいとします。
それと同時に、自分自身に対しても、自分のコンプレックスをごまかそうという心理が働いていると考えていいでしょう。
他人を貶めるような言動をすると、相手は傷つき、落ち込んだりもするに違いありません。
そのようすを見て、自分の力を確認することで、「自分はそんなに劣った人間ではない」ということを認識したいのです。
これはまったくの虚勢にすぎませんが、コンプレックスが強い人は、虚勢を張ることで自分をごまかそうとしていると考えていいでしょう。
相手にジェラシーを感じている
相手に対してジェラシーを感じていることが原因になって、他人を貶めるというケースも少なくありません。
このタイプの人間は、すぐに自分と人とを比べます。
「隣の芝生は青い」という言葉がありますが、自分と人とを比べると、どうしても人の方が優れているように感じられがちなのが、人間の心理と言っていいでしょう。
つまり、自分と人を比べることによって、ジェラシーを感じてしまうのです。
「うちの芝生は汚らしいのに、隣の芝生はすごくきれい。悔しい」と感じるわけです。
そうしたジェラシーから、他人を貶めるような言動をするわけですが、そこには嗜虐的な心理が働いていると考えていいでしょう。
人の不幸は蜜の味と言います。
他人を貶める人は、相手がそのことによって傷つくことを喜びに感じているのです。
こういうタイプの人は、相手が傷つけば傷つくほど、「ざまあみろ。いい気味だ」という気持ちになるにちがいありません。
自分の家よりもきれいな芝生を持っている人を貶めることで、「悔しい」という感情、心の中のうっ憤を晴らしているわけです。
ジェラシーを感じていて、そのうっぷんを晴らしたいと思っているのが、他人を貶める人の特徴ということになるでしょう。
人を貶める方法は実践してはいけない
いかがでしょうか。
人を貶める人の心理を理解しても、その行為自体に理解を深めてはいけません。
やはり、人を貶めることであなた自身の心もすり減っていきますし、あなた自身が周りを信用できなくなったり、周りから信用されなくなってしまうからです。
中途半端な気持ちでやってしまうときっと後悔する日々が待っていますよ。